(前編からの続きです)
こうして、嵐のように我が家にやってきた「たろ」。
生後2ヶ月の赤ちゃんは、まさに天使でした。家族の「癒やしの三男坊」として、家の中がパッと明るくなり、幸せいっぱいの生活が始まりました🥰💖

「ごめんね」と抱きしめることしかできない日
たろは散歩が大好き。
私もたろのおかげで、外に出る習慣が少しずつ戻ってきました。体調が良いときは、たろがお尻を振りながらチョコチョコ歩く後ろ姿を見るだけで、幸せいっぱいでした🥰

でも、パニック障害には、どうしても抗えない「波」があります。
散歩に行きたい気持ちはあるけど、体が鉛のように重い日。
不安に押しつぶされそうな時間を、ただただ耐えるとき。
そんなときは、たろが外に行きたそうにしているのを見ると、申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
「ごめんね、たろ。今日はママ、調子悪くてお散歩行けない. . .🥲」
そう言って、たろを抱きしめることしかできない不甲斐なさ。
けれど、たろは、そんな私の隣にきてそっと寄り添ってくれました😭

「やらなきゃいけないこと」が私を救った
家に一人のとき、以前の私なら、体調が悪ければ一日中寝っ転がっていました。
でも、たろを迎えてからは違います。
- お腹を空かせた、たろへのご飯
- マッサージを兼ねたブラッシング
- トイレシートを替えて、清潔にしてあげること
- 遊び相手になること
正直、「今はしんどい、動けない. . .」と、横になったまま動けない自分を責めてしまう瞬間もありました。
でも、そんな時にたろがペロッと顔を舐めてくれるだけで、『あぁ、この子のために立たなきゃ』って思えたんです。
「私がやらなきゃ、この子は困る」という思いが私を動かしてくれたんです。
手を動かし、たろの世話をしているうちに、不安感がなくなっているときもありました😌
たろを守っているつもりが、実は私の方が、たろに支えられていたのかもしれません。
犬を飼うということ
犬を飼う(命を預かる)ということは、本当に大変です。
自分の調子が悪くても、たろの命は待ってくれません。
今なら、心の底からわかります。
母が言っていた「命あるものは大変なのよ」という言葉の、本当の重みが。
実は、昔の私にとって、母のその言葉は、ただ犬を飼いたくないだけなんだと思っていました。
でも、たろと暮らした今ならわかります。
母が心配していた通り、確かに命を預かることは大変です。
でも、その「大変さ」があるからこそ、私は自分の病気だけに閉じこもらずに済んだ。
あの時、母が反対した理由を理解した上で、それでも「この子を守る」と決めた。その覚悟が、今の私の支えになっています。
私はあの日の自分に、そしてたろに伝えたいです。
「大変だけど、だからこそ私は救われたよ☺️」と。
たろという命を背負う覚悟を決めたあの日から、私の「みり歩」は、より力強いものに変わった気がします。
今日のたろ🐶ฅ🐾
母ちゃんのあの時の「爆買い」のおかげで、ボクは幸せだワン(ᐡ•͈ ·̫ •͈ᐡ )و”フリフリ︎💕︎
これからも、ボクと一緒にのんびり歩いていこうワン໒(´꒳ `ฅ)ঌ♡

パニック障害と向き合いながら「みり歩🐾」ずつ歩んでいます☺️
応援のポチッを押してほしいワンฅ՞•ﻌ•՞ฅワン︎💕
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